恵比寿

商売繁盛の神
宝船日本からも一人のり
恵比須さんは七福神の中で唯一の日本の神さまです。ご存知、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊邪那岐命(いざなみのみこと)の三男、夷三郎が恵比須だといわれています。
夷三郎は小さな船で九州日向の里から小船で流されてしまいました。流されてたどり着いたのが、摂津国西宮(兵庫県西宮市)の武庫の裏。夷神社があるところです。「えびす」の語源ははっきりしていません。昔は「夷」と書いたようです。「夷」には東方という意味があり、異郷人、来訪人を表しているともいわれます。恵比須神は遠方から福を運んできてくれる寄神(よりかみ)、客神(まろうどかみ)として信仰されたのです。
日本各地の漁村には海中から拾ったり浜辺に漂流した丸い石を恵比須の御神体として祠に納め、初漁祝い、大漁祈願などの信仰の対象としました。また、漂流物を恵比須と呼び、粗末に扱わないようにしました。死体でさえ、恵比須として祀ったといいます。恵比須は海の富を授けてくれる神様なのです。
そういうわけで、恵比須は漁業の神さまとして信仰されました。海の神様恵比須ですが、農民や商人にも信仰されました。
農民の間では、田の神、山の神としても信仰されたのです。日本では、春に山の神が里に降りて田の神となり、秋に山に帰って山の神となると信仰されていました(『民具の博物誌』)。季節によって往来するので、遠方からやってくる客神としての恵比須信仰と重なったのでしょう。恵比須は豊作の神様となっていきます。豊作の神恵比須を全国に広めたのは、夷神社の神人たちです。恵比須の絵を配ったり、エビスカキ(恵比須舞わし)という人形芝居をして恵比須の徳を布教して回りました。西宮夷神社の人たちが、恵比須を宣伝して回ったのです。その結果、恵比須は大黒天と並んで全国で福の神として信仰されるにいたったのです。
恵比須は釣竿を持ち鯛を抱えています。この姿にはどんな意味があるのでしょう?
その姿は、「暴利をむさぼらぬ清廉の心を象徴」(『七福神』)しているといいます。網を使って一気に漁をするのではなく、先を見越して竿で少しずつ釣をする、というわけです。そんな地道さが喜ばれ、恵比須は商売人の神様、商売繁盛の神様になりました。

